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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和31年(う)373号 判決 1956年9月15日

控訴人 被告人 大城亀信

検察官 西向井忠実

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人崎山嗣朝提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

同控訴趣意について。

よつて関税法に所謂貨物の意義、範囲につき考察するに、同法の目的と貨物なる用語に鑑みれば、同法において特に除外する趣旨が窺れない限りすべての有体物を包含するものと解するのが相当であるところ、銀行券を貨物から除外する趣旨の規定はどこにも存しないから、銀行券は関税法に所謂貨物に該当するものと謂わねばならない。のみならず、関税法第三条が、輸入貨物にはこの法律及び関税定率法により関税を課すると規定している所より窺いうる関税法と不可分の関係に立つ関税定率法の第三条は、関税は輸入貨物の価格又は数量を課税標準として課するものとし、その税率は別表によると定め、別表輸入税表一一四〇は紙幣、銀行券等を挙げてこれを無税としている。(しかし、無税であるからといつて所論の如く貨物でないと謂われないことは、右別表に牛、馬、豚、各種の種子、油類等を無税としていることに徴し明らかである)又、関税法第七四条、第一〇九条、関税定率法第二一条は銀行券、紙幣と外観上類似する偽造、変造又は模造の銀行券、紙幣を貨物として取扱つている。従つてこれ等の点に徴すれば、銀行券、紙幣は即関税法上の所謂貨物に該当することが明白である。尤も、外国為替及び外国貿易管理法第六条第一項第七号、第一五号によれば、銀行券、紙幣を貨物から除外していることは所論のとおりであるが、これは同法が銀行券等の支払手段については輸出入禁止の原則(第四五条)を掲げているのに反し、貨物については承認による輸出入の原則(第四七条、第四八条、第五二条)を採つている関係上、立法技術の便宜に出でたものなることが窺われ、しかも同法第六条第一項第一五号において貨物から除外している貴金属が関税法の貨物に該当することは、その物の性質上極めて明らかであるから、これ等の点に鑑みれば、外国為替及び外国貿易管理法における貨物と関税法に所謂貨物とは所論の如くその種類、範囲が必ずしも一致するものとは謂われない。論旨引用の判例は毫も右判断と牴触するものではない。従つて、原審が本件日本銀行券を関税法所定の貨物と認めて被告人が之を密輸入せんとした所為に対し関税法第一一一条第二項、第一項を適用処断したのはまことに相当にして、原判決に所論の如き違法はない。

論旨は理由がない。

そこで刑事訴訟法第三九六条に則り本件控訴を棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西岡稔 裁判官 後藤師郎 裁判官 中村荘十郎)

弁護人崎山嗣朝の控訴趣意

一、第一審判決は本件公訴事実を諸般の証拠で認定し被告人に有罪の宣告をしている。おもふに第一審判決の認定した事実の要旨は、(イ)被告人は未だ上陸していないこと。(ロ)上陸に際し税関の免許を得ないで日本銀行券拾九万千円を輸入しようとしたこと。(ハ)係官に発見されたためその目的を遂げなかつたこと。の三つの訴因により構成されている。即ち被告人の行為は関税法第百十一条第一項及第二項に該当する犯罪を犯したと云ふに帰する。

二、由つて弁護人が控訴審で争ふ点は、本件の日本銀行券拾九万一千円は関税法所定の貨物には該当しないと云ふにある。(イ)昭和二十五年最高裁判所判例によると「関税法に謂ふ貨物と関税法罰則等の特例に関する勅令に云ふ「物品」と同じてある」と判示した。此判例から観ると日本銀行券即ち紙幣=物品(貨物ではないこと示している)。(ロ)東京高等裁判所昭和二十八年(ウ)第六九五号事件並に同裁判所昭和二十九年(ウ)第一二七号事件の判決理由書に依ると「貨物とは貴金属支払手段及び証券その他債権を化体する証書以外の動産を云ふ」と判示しているから此判例から推すと貨幣(紙幣を含む)即ち日本銀行券は関税法の云ふ貨物ではないことを明示している吾々の経験則からしてもまさか貨幣(紙幣)を貨物とは謂ひきれないだろう。従つて被告人の行為は関税法違反ではない。

三、関税法は謂ふまでもなく税法法規であつて其対照は輸出入貨物に対し課税するを以て其目的としている一体貨幣-それが硬貨たると紙幣たるとは問はず貨幣を課税の対照物件とすることはあり得ない事柄であるのに第一審判決が本件日本銀行券拾九万千円也を課税物件と看做し以て其密輸入しようとした行為を関税法違反としたのは其理由に於て割りきれないものがある事実誤認であると主張する訳もそこにある。

四、検察官は関税定率法別表一一四〇号により貨幣は貨物であると主張するがそれは該らない。同法別表一、一四〇号によると貨幣は無税となつている無税であると云ふ点から観ても貨物でないことは明かである但し貨幣の未申告輸入又は輸出しようとする行為(未申告のままで)が他の法律譬へば外国為替管理法等の如き他の法律違反となるかも知れないが関税法違反にはならない。

以上の論旨に基き弁護人は第一審判決は事実の認定、法律の適用を過りたるものと主張する。

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